社会人17年目。ソリューション営業は担当している商品が売れなくなるとつらい日々が待っています。

こんにちわ。

社会人になって、17年目の話です。

年齢的にもう40歳が目の前です。

そのころの仕事は、パッケージソフトとそのカスタマイズを売るソリューション営業でした。

その前にやっていたコンサルタントの時と同じように仕事のあるところに西へ東へと出張していました。

社会人17年目。パッケージソフトのソリューション営業で静岡県の西部をうろうろした話。
こんにちわ。 社会人になって、17年目になりました。 年齢的にもそろそろ40歳になろうかというころの話です。 ...

と、いいながらもほとんどの出張は東京近郊でしたが、たまには地方の出張もあってそれが楽しみでした。

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パッケージソフトの旬は意外に短い

そもそもが高額のパッケージを販売する仕事。

そうそう数は売れません。

しかもそういうパッケージに限って旬の時期は短いんですよね。

まだ2年ほどしかうちの会社では扱っていないのに、参入が後発だったというともあってすぐに引き合いが減ってきました。

そうなると営業としては苦しいです。

これまでのお客さんにも提案するもそうそう簡単に予算がとれる額でもないので数十社に提案して1社導入できるかどうかです。

パッケージのメーカーにもお客さんの紹介をお願いしても、なかなか出てきません。

このままだとジリ貧。

いろいろ考えました。

既に導入しているお客さんをもう一度まわって、追加の開発の仕事を提案したり。

同業者と協業ということで、同業者の顧客に共同提案をおこなってみたり。

おかげで、東京やその他の地方への出張回数はうなぎのぼりでした。

体力が続かない。。。(笑)

新幹線の往復はつらい

関西から東京への往復はほんとつらかったです。

仕事が減るにつれて、商談の回数を増やさざるを得なくて、週に1回は関西ー東京を往復していました。

多い週だと2往復ということもしばしば。(笑)

スケジュールの調整がうまくいかないと時々、週に3往復なんて無意味に思える往復をすることもありました。

とにかく買ってくれるところを探すのに必死でした。

あるときは、東京に出張して商談が終わり帰りの新幹線乗ったところで、その顧客から電話。。。新横浜で降りて引き返したり、最悪の時には再度説明してほしいと言われて名古屋で降りて引き換えすなんてこともありました。(笑)

そんな無駄な?ことも含めていろいろやってみたのですが、パッケージライフサイクルの終焉を迎えました。

会社から、技術者を他のビジネスに移せと。

1人、2人と抜いていかれ、ピーク時には20人ほどいたチームは最後は5人ほどに。

そして、営業のぼくにもついに上司が

他のビジネスを担当してもらうから。。。よろしく

と。。。

営業になって最初のビジネスだったので、もう少し頑張りたかったんですけれどね。

正直、本当にパッケージの旬を過ぎて売れなくなったのか、ぼくの力不足だったのか、どちらかはわからないままのビジネス撤退です。

いまもどっちだったのかわかりません。

そして新規一転、別の営業をすることになりました。

社会人18年目。担当していたパッケージから撤退、顧客担当の営業になりました。
こんにちわ。 社会人になって、18年目、遂に40歳になってしまいました。 それまで、パッケージソフトとそのカスタ...

今回も最後までおつきあい、ありがとうございました。

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