入社5年目。インテリジェンスオフィスのシステムでこれまた苦労した話(その3)

こんにちわ。

ダメダメ社会人なぼくの20代のビジネスマン生活をふりかえっています。

入社4年目に、また上司に大変なプロジェクトにつっこまれました。

インテリジェントビルのコンピュータシステムで、電話応答システムをAXパソコンというPC/AT互換機での開発でした。

入社4年目。インテリジェンスオフィスのシステムでこれまた苦労した話(その2)
こんにちわ。 ダメダメ社会人なぼくの20代のビジネスマン生活をふりかえっています。 入社4年目に、また上司に大変...

結構、初モノが多くて、苦労したんですがなんとかかんとかモノになったように思えた社会人5年目。。。

同じくインテリジェントビルの業務管理システムが大変なことになっているということで急きょそちらの方も関わるようになりました。

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ビルの業務管理システムは

そこのインテリジェントビルのビル業務管理システムですが、電話応答システムの元請の会社が、こっちも元請。

会議室予約とか、食堂の利用管理システムなど、そのビルの利用者はIDカードを持っていて、それで普段は会計とかして、毎月各社に社員ごとの利用料金を請求するようなシステムです。

そのようなシステムをオフコンとかではなく、当時はまだ業務システムではあまり導入実績のないUNIXのワークステーションで構築するとか。。。

そして、これまたぼくとしては触ったことのないリレーショナル・データベースなるものを使用して構築しているとのこと。

ちなみにUNIXはあのサン・マイクロシステムズのワークステーション、データベースはインフォミックスという今はほとんど使われていないであろうデータベースです。

そして、複数のビルの管理人が同時にシステムを使えるように3台のワークステーションで1つのデータベースにアクセスして業務するようなシステムです。

なお、当然のように元請会社の新入社員が1名そこのプロジェクトには入っていました。

そんな状態ですので、そこのリーダーさんもメンバーも多少戦力ダウン状態でがんばっていたようですが、そもそも要求仕様が結構めんどうで、しかも電話応答システムの時にも言われていた「ユーザーフレンドリーなシステム」がかなりの足かせになっていました。

はっきり言って、リアルタイムOSとか入れていた方がいいんじゃないの?って仕様でした。

たとえば、

排他制御のために、3台のUNIX機で同じ画面を開くことはしない。

ユーザーのパソコンから要求された処理をUNIX機で順番に処理をする。

電話応答システムとのデータ連携をする。

費用を集計し、請求、生産する仕組みを持つ。

などなど。

これも、今やろうと思えば、そんなにむずかしくないんでしょうけれどもね。

当時はUNIX機もRDBも世の中に出始めた時期で、情報も資料も、技術者のスキルもまだまだ少なかったわけです。

とにかく、書籍をあさりまくって

もちろん、ぼく自身もUNIXは初めてですし、リレーショナルデータベースも初めてです。

操作に慣れるまでにも結構な時間がかかりましたし。。。

そもそも、データベースそのものも情報処理技術者試験の勉強でちょっと知識があるだけ。。。SQL文もほとんどわかりませんでしたよ。

なので、とにかくマニュアル、書籍、文献をあさりまくってとにかく、サンプルコードを解析したり、UNIX機のマニュアルコマンドを叩きまくりました。

ときどき、日本語に翻訳されていないマニュアルもあって、更に気持ちが落ち込んだりしましたよ。

でわかったこと。。。UNIXというOSは一応、マルチタスクで動くって言うことです。

こういった本でめっちゃ勉強しました。

あとは、リレーショナルデータベースはデータベース設計をきっちりやって、それを正規化?してやることが必要ってこと。

そして、適切にインデックスを貼ってあげないといけないことです。

業務管理システムなので、日時処理や月次処理なんかもあるんですが、それをループ処理でタイマーみたいなプロセスをつくろうとしていたので、それはやめて、cronで起動するように変えることのにしました。

複数のプロセスを同時に動かして、プロセス間で通信したり同期したりするような機能も必要でしたので、データベースを介した通信や、名前付きパイプ、セマフォ(多分使えた)、挙句の果てに割り込み処理(シグナル)なんかも使えないかとか、ありとあらゆるシステムプログラミングについて検討しました。

なんとか、オープンには間に合いました

とにかく、開発体制を人数を倍にして、毎日12時間以上働いて、土日も出勤できる日は出勤して。。。

設計書から見直したり、UNIXのシステムコールやインフォミックス(データベース)の持っている機能で使えるものは、出来る限り試してみて。。。

ほとんど、ぼくが入ってからプログラムのコードはほとんど原型をとどめないぐらい書き換えられました。

それでなんとか、一通り動くような状態にはなりました。。。

オープン後のトラブルがつらかった

そんな状態でしたから、オープン後のトラブルの発生はすごいものでした。

とにかく、いろんなところで「動かいない」、「落ちた」と連絡があり、昼間はなんともできないので、応急処置をするばかり。

そのあと、不具合のデバッグをするわけです。

ある程度、プログラムを修正までやっておきます。

それで、夜になってビル内に人がいなくなってシステムが動かない状態になったところで、プログラムを置き換えて、テストして翌日に備える毎日でした。

なので、実際、昼も夜も関係なくオープン当初はビルに詰めていました。

そのあと、しばらくしてやっと落ち着いたのですが、なぜか夜になると頻繁に落ちるような不具合が出たり、恥ずかしい話、請求金額の集計が間違っているということで怒られたり。。。

まぁ、散々なことがありました。

それでもいつかは終わりが来るわけで、オープンして数か月後にはやっと落ち着き始めて、それからしばらくして、ぼくらも解放されました。

今回も、大変でしたけれどUNIXの勉強もできたし、リレーショナルデータベースの知識も身につけられたし、良かったなと思います。

その一方で、ぐっちゃぐちゃのシステムをぐっちゃぐちゃのまま、局所的にプログラムをあっちこっち直したので、かぎりなく汚いソースコードになったように思います。

それが、今思えば残念です。

このシステム。。。今も動いているんだろうか。。。動いていないだろうな。(笑)

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今回も最後までおつきあい、ありがとうございました。

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