その時、オフコンを担当したくなかった理由。大規模プロジェクトへの参加(その3)

こんにちわ。

30年以上前、新入社員の時の生活を振り返っています。

入社以来、最初のヤマ場です。

新入社員の年の最後に大規模プロジェクトに放り込まれました。

入社以来、ひとりでコツコツやっていたので、急にチームでやることになって、右も左もわからない状態になりました。

でも、とりあえずは一人でやれるシミュレーションシステムの運用、改善の仕事になったので一安心。

このために呼ばれたのか?iRMX。大規模プロジェクトへの参加(その2)
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前回も、あまりオフコンは好きではないと言う話をしました。

なぜ、そのプロジェクトでオフコンを触りたくなかったのかを今回は書きたいと思います。

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フォートランとアセンブラが嫌い

COBOLやPL/Iは別として、その次に嫌いなのはフォートラン。

プログラマーになれたらなーとは思っていましたけれど、大型コンピュータのプログラマーはイヤだったんですよね。

その中でフォートランは多少マシだったのですが、とはいうものの当時のフォートランは構造化されていなかったんで、読みづらい、理解しづらい。

しかも、アセンブラと一緒に使うともっとややこしくなるし。。。

そもそも、制御システムにフォートランは、ほんとにあってるの?

って何度も当時思いました。

ってわけで、シミュレーションシステムでC言語とアセンブラって言われた時はちょっと嬉しかったです。

なんというか、オフコンのOSがしょぼい

もひとつ、パソコン系のDOSや、リアルタイムOSなんかを使っていると多少ユーザーインターフェースが整っています。

でも、その時つかっていた制御用のオフコンのOSはビミョーにしょぼい感じでした。

細かいことは覚えていないのですが、不具合のあるプログラムを動かすとすぐに「アベンド」したり。

そしたら、アベンドを解除するボタンを押しにマシンルームに行かないといけないんですよね。

あとは、デバッグでダンプファイルを吐き出して、読まないといけないことがあったり。

プログラムもデバッグのために、アドレス指定で「RUN」させたり、1ステップづつ動かしたりして、その時のメモリをまたダンプ。

いやじゃないけど、その生産性の低い作業を毎日、毎日するのが耐えられそうになかったです。

むかーし、むかし、自分が自作のワンボードパソコンを作った時に、プログラムをロードして、ランさせるのに似てて、しょぼい感じが切なかったです。

それでなくても、当時の開発室の環境は劣悪で。。。

机は、会議用の名が机。

足のすわりが悪くてがたがたするし。

椅子はパイプ椅子でした。

そんな環境で毎日、毎日朝の9時前から、夜の22時までテストしては、プログラムの回収をするわけです。

何かちょっとでも、「これがあるから。。。我慢しよう。」みたいなのがないとやってられませんでしたよ。

まぁ、そんな理由で、そのプロジェクトではオフコンをなるべく避けていました。

でもね、そうもいかなくなるのが世の常です。

入社2年目に突入、やっぱり大規模プロジェクトは甘くなかった。大規模プロジェクトへの参加(その4)
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今回も最後までおつきあい、ありがとうございました。

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