PC/AT互換機日本語版、AXパソコンとDOS/Vパソコンの話

こんにちわ。

パソコンといえば、今やその源流はIBMのPC/ATで、その互換機が世界では爆発的に普及しました。

世の中のパソコンのスタンダードを作ったPC/AT互換機を振り返ってみる
こんにちわ。 今の世の中のパソコンの源流をさかのぼっていくとあるパソコンに辿り着きます。 そのパソコンはIBMのPCです...

ですが、日本はというとちょっと状況が違います。

日本には日本の国民機「NEC PC98シリーズ」ががっちりとシェアを握っていましたし、各国産メーカーもがんばっておりPC/AT互換機の上陸をなかなか許しませんでした。

そんな中で一部のメーカがAXパソコンを出したことから状況がどんどん変わっていったんですよね。

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AXパソコンの登場

1980年ごろにPC/AT互換機を日本語化したものが無かったかというとそういうわけではありませんでした。

ですが、各社がバラバラの方法で拡張していたので互換性に問題もありなかなか普及しなかったのが現実です。

そこで、1986年にマイクロソフトが主導してAXという仕様が策定されました。

大手のパソコンメーカー以外のパソコンメーカーがこのAX協議会に参加し、AX規格のパソコンを販売しましたが、大手メーカーを圧倒することはできず、弱者連合のままでした。

DOS/Vパソコンの登場

AX規格については状況はよくありませんでしたが、1990年に日本アイ・ビー・エムが、IBM PS/2ベースの自社製品を対象に、特別なハードウェアなしにソフトウェア処理のみで日本語の取り扱いが可能になるOS「DOS/V」を発売したことから状況は徐々に変わり始めます。

当時は同じ価格でPC-9801では80386搭載機しか買えないところが、PC/AT互換機なら80486搭載機が購入できるなど、PC/AT互換機のコストパフォーマンスが圧倒的であったことから、マニア層からすこしづつ広がり始めたそうです。

これらのPC/AT互換機は「DOS/V機」「DOS/Vパソコン」、さらには単に「DOS/V」という呼び方で普及していきました。

PC/AT互換機は世界標準のPC規格で、たとえば拡張ボードは日本語が使えなくてもかまいませんよね。

そういった、豊富な周辺機器を安く使うことができることもあって、日本語が使用できるようになったのをきっかけに日本でも爆発的に普及し始めます。

さらにはMicrosoftのWindows3.1日本語版の発表がそれに拍車をかけました。

(出典:ウィキメディア・コモンズ photo by Darklanlan / パブリックドメイン)

結果、NECのPC-98もWindows対応機が発表されたりしましたが、いつしか市場から消えていくことになりましたね。

余談ですが、独自規格のPC-98を生産終了したNECは、その後「VALUESTAR」シリーズなど新しいPCシリーズを販売しています。

日本でもDOS/V機というPC/AT互換機が標準となることで、メーカーや機種の違いなどハード面を気にする必要は基本的になくなりました。

それ以降、気をつけなければいけないのは「OSが対応しているか」、「スペック基準を満たしているか」などのソフト面だけになったわけです。

DOS/V以降の日本の互換機市場

日本のメーカーはその後、こぞってDOS/V機を開発・製造するようになりましたが世界標準のPC/AT互換機がそのまま日本語環境で使える事になったため、更にコモディティ化を招くことになりました。

そのため、結局のところ、コスト面で競争力が強かった台湾製のPC/AT互換機が大量に日本に流入することとなり、日本メーカーは日本における優位性を更に失うことになりました。

現在では、多くの日本メーカーも台湾などのメーカーからOEM供給を受けてパーソナルコンピューターを販売するようになっているなど、ここからは皆さんもご存知の現状です。

最後までおつきあい、ありがとうございました。

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